自身のアバターが自由に活動できるインターネット上の仮想空間「メタバース」。昨今はエンターテインメントやビジネスのみならず、現実の拡張性の高さから、教育分野に活用されるようになってきました。
ただ、なぜ教育にメタバースが活用できるのか、その理由について深く知らない方も多いでしょう。
そこで、本記事では、メタバースを教育へ活用する取り組みの定義のほか、教育にメタバースを活用するメリットや、メタバースの学校教育への活用事例について解説します。
メタバースの教育への活用とは
メタバースの教育への活用とは、バーチャル環境とリアル環境の要素を融合させ、より効果的な教育環境を構築する取り組みです。
すでに公的な議論や運動会、オープンキャンパスなど、本来ならリアルに人を集めなければ開催できなかったイベントに活用されている事例は枚挙に暇がありません。
なぜメタバースは教育へ与える影響が大きいとみなされているのでしょうか。
それは、メタバースが提供する、「体験」と呼べるほどのリアルな感覚や学習者自身が仮想空間に実際に「存在している」かのような没入感は、現実の感覚を補完し、学習効果を強化すると考えられているためです。
また、学習者が時間や場所に制限することなく、ウェアラブルデバイスを頭部に装着して教育環境に参加できる点も、大きなメリットと言われています。メタバースの教育への活用がもたらすメリットについては、下記に後述します。
教育にメタバースを活用するメリット
教育にメタバースを活用するメリットは、次の5つです。
- 地理的なハンディキャップを克服する
- 実世界でのスキルを強化する
- 現実で再現が難しい状況下でのトレーニングが可能になる
- 障がい者教育へのアクセシビリティーを改善する
- 学習パフォーマンスを追跡できる
ここからは、学校教育に留まらず、メタバースを教育へ活用することで得られる5つのメリットについて解説します。
地理的なハンディキャップを克服する
メタバースのデジタル体験は、地理的なハンディキャップや経済的理由で学校へ通えない人をデジタル空間に集め、費用対効果の高い教育を提供します。
例えば、韓国科学技術院(KAIST)は2023年9月までに、ケニアの首都ナイロビ近郊に建設される予定の都市「コンザテクノポリス」に、メタバース教育に特化したバーチャルキャンパスを設立する予定です。
キャンパスの活動をすべてメタバースで提供する計画であり、学生がケニアにいながら、韓国のキャンパスと同等の教育を受けられると言います。
このようにメタバースの教育への活用は、地理的なハンディキャップを克服している点で、教育の真の民主化を実現していると言えるでしょう。
実世界でのスキルを強化する
メタバースは、プレッシャーのかかる状況を仮想空間で再現することで、実世界のスキルを強化するメリットがあります。
例えば、VR(仮想現実)シミュレーションを使用し、救急スキルを養うトレーニングを学生に提供しているスイスの製薬大手ノバルティスの取り組みは、その筆頭と言えるでしょう。
バーチャル空間に参加した学生は日夜、インストラクターと対話し、チューブの溶接やバッグのキャップの取り外しなどを無制限にやり直すトレーニングに従事しています。
現実で再現が難しい状況下でのトレーニングが可能になる
メタバースは、現実での再現が難しい状況下でのトレーニングを可能とします。
例えば、米国の通信大手ベライゾンは、1600店舗2万2,000人の従業員に対し、VR技術を用いた強盗に関する安全シナリオトレーニングを提供しました。同社の報告によれば、訓練を受けた人の97%が、危険な状況に置かれた時の準備が可能になったと回答しています。
障がい者の教育へのアクセシビリティーを改善する
メタバースは、障害を持つ人々の教育的、社会的アクセスを改善します。
例えば、メタバースがもたらす没入型環境は、自閉症など、社会的相互作用で問題を抱える若者に対し、食品店を訪れたり、店で商品を陳列させたりするなど、対人スキルや仕事のスキルを向上させる体験を提供します。
障害を持つ方々はVRアプリを通じ、安全な環境でほかの人との交流を深めると同時に、安全な環境でスキルを磨けるでしょう。
学習パフォーマンスを追跡できる
メタバースは、これまでに利用されてこなかった定量的なデータを収集して学習者の進捗状況を追跡するとともに、目標と現状のギャップを特定し、学習体験の継続的な改善を促します。
メタバースで得られるデータは、パフォーマンスだけでなく、感情や予測分析など、さまざまです。教育機関は、それらのデータを収集し、学習効果を分析することで、効果的なフィードバックを学習者に提示できるようになります。
メタバースの学校教育への活用事例
最後にメタバースの学校教育への活用事例として、東京都教育委員会と長岡工業高等専門学校、静岡聖光学院、ユニバーシティアカデミー92の4つの事例を紹介します。
東京都教育委員会
東京都教育委員会は2022年12月、学校生活に困難を抱える子供がメタバース上で学習や交流ができる「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム」を始めました。
バーチャル・ラーニング・プラットフォームは、外国から転入して間もない日本語が不自由な生徒や不登校児童を対象に、学習支援サービスを提供する狙いです。都教委がメタバース上に専用のスペースを構築し、区市町村ごとに不登校児童向けのフロア、外国児童向けのフロア、共有フロアの3つを提供します。
子どもたちはアバターを使い、フロア内で自由に動き回ったり、教員や支援員に相談したりすることが可能です。最新技術の活用により、児童の学習課題やコミュニケーション課題の克服が期待されています。
2022年12月12日に先行して新宿区の子供たちを対象にしたデモ版を立ち上げました。都教委は2023年春以降、他の区市町村にもプラットフォームを拡大する方針です。
長岡工業高等専門学校
新潟県の長岡工業専門学校は2022年4月、株式会社新潟放送の協力のもと、全国の高等専門学校で唯一のメタバース空間「長岡高専バーチャルキャンパス」を公開しました。
公開されたバーチャルキャンパスは、授業・講演を聞く「セミナールーム」、学生同士でディスカッションする「グループワーク室」、進路相談などができる「ミーティングルーム」、学生同士が談話する「ラウンジ」の4つで構成されます。
新潟放送のプレスリリースによれば、利用者は、同校の学生や教職員のみならず、長岡市の大学・高専で組織される活動交流拠点「NaDeC BASE」のメンバーも予定されており、イベントによっては、全国の学生や一般の方も参加が可能になるとのことです。
静岡聖光学院
静岡聖光学院は、事務用品大手のイトーキとともに、メタバースを用いた仮想空間と現実世界の学習環境のデザインと教育カリキュラムの構築プロジェクトに取り組んでいます。2022年11月には、それらの取り組みが文部科学省の「次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用推進事業」に採択されました。
採択を受けた同プロジェクトは、「研究発表会」と「国際交流会」の2テーマで実証を行います。前者の研究発表会では、生徒たちがメタバース空間をデザインし、動的な表現といった、現実では表現が容易ではない方法を含めて自由なデザインを追求します。
一方、国際交流会は、異文化コミュニケーションの醸成が目的です。日本と海外の生徒が同じメタバース空間に入り、アバターを介して身振り手振りを交えつつ対話環境を構築します。
ユニバーシティ・アカデミー92
イギリスの高等教育機関であるユニバーシティ・アカデミー92(UA92)は、メタバースソフトウエア会社のDigiSomniなどと連携し、メタバース上に誰でも参加できるオープンソースのキャンパスを2023年に構築します。
オープンソースメタバースプラットフォームは、学習環境を解放することで、留学生や遠隔地の学生により良いサービスを提供する目的です。メタバース上で講義やプレゼンテーション、個人の能力開発に貢献するアドバンスゾーン、キャンパスツアーなどを提供します。
メタバースは教育への高い効果が期待される
メタバースは娯楽性というメリットを提供するだけでなく、学習者が自ら世界観を構築し、いろんな活動を体験できる点で、教育への高い効果が期待されます。
また、メタバースで得られる楽しさは、退屈になりがちな対面授業の補助教材としての役割を果たしてくれるでしょう。
メタバースの教育への活用は道半ばですが、近い将来、メタバース上の学習環境が当たり前になる日が訪れるのは、そう遠くないのかもしれません。